Nihon Odori Avenue 日本大通

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横浜開港から間もなく造られた日本大通りは、当初は東側(写真右側)は居留地、西側は日本人街だった。



1870年(明治3年)に横浜公園と象の鼻波止場を結ぶ街路が完成、この通りは1875年に「日本大通り」と名付けられる。当時は歩道3メートル・植樹帯9メートルを含む36メートルの幅員を持ち、横浜のメインストリートの役割を果たした。当初は都市景観のためではなく、火除地・防火帯としての機能と、日本人街とのゾーニングのために設計された。



2019年5月23日
横浜市中区


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