KozukueCastle 竹のある風景 小机城址の竹林

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太田道灌によって落とされた小机城は今は見事な竹林


もし、永享の乱のとき「松の大木」のそばに「山吹」が咲いていたら鼓舞伝説は変わった?

七重八重 堀はあれども 小机の 武蔵ひとつだに なきぞかなしき

ここは美濃國でなく武蔵國


2013年7月11日
横浜市港北区小机町


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探訪 小机城址市民の森
http://hamabra.at.webry.info/201307/article_21.html



小机城は、永享の乱(1438年 - 39年)の頃に関東管領上杉氏によって築城されたとされるが、正確な築城年代は分かっていない。

この城が歴史的に登場したのは、1478年(文明10年)に起きた攻守戦である。山内上杉家の家宰であった長尾景春が、父の死後に家宰職を相続できなかったことに端を発し、主家に対する反乱を起こした。このとき景春の味方をした豊嶋氏がこの城に立てこもり、敵方の太田道灌がこの城の攻撃をした。この時、道灌は近くの集落の松の大木の下に腰掛け、「小机はまず手習いの初めにて、いろはにほへとちりぢりとなる」と歌を詠んで味方を鼓舞した。程なく、鶴見川対岸の亀の甲山に陣をとり、約2ヶ月をかけて落城させたとされる。道灌が歌を詠んだ松は、以後「硯松」と伝えられ、三度の植えなおしを経て現存(羽沢町)する。

小机城@Wikipediaより



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