Kunisaki Peninsula 仏の里 老師と国東

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五年前、大分県国東半島を旅した時、宿のロビーに置いてあった本が目にとまった。
永岡惠一郎さんが著した「ふるさと國東」で、地方紙のコラム記事として連載したものをまとめた本だった。

七十五編全てが「○○と国東」と題して国東の視点から書かれている。
人や文化にふれるうち、国東が好きになり始めていたので、一冊購入し部屋で読み始めたら一挙に読み終えてしまった。

ますます国東が好きになった。

最も印象に残ったのが「老師と国東」。
まもなく、十年に一度の荒行「六郷満山峯入り」に一般行者として参加させていただくが、永岡さんが会った老師は峯入りの大先達だったそうだ。
今年の峯入りも、老師は私たちを先導して下さるだろう。

  もらい柿 一期一会の里ごころ



老師と国東

 芝桜が古寺の石垣に映え、生まれたばかりの柿の葉の緑が、その誕生を喜んでいるかのように木々を飾っている。その側でみ仏が静かに永遠の祈りを続けておられる。
 若葉の中の国東は「み仏の里」の名にふさわしく混濁の世の外にあるような感じさえする。
 この二月、お一人の老師が遷化された。今年の修正鬼会にお顔が見えず案じていた矢先であった。鬼会ではユーモラスなお話や所作でお参りの人々を喜ばせたり、峯入りの大先逹としてお元気で先導されておられた事などがしのばれる。
 そして私には大切な思い出がある。私が中学生のころ、その方のお寺に行って「おしさん(和尚さんの意)仏さんを見せちょくれ」「いや見せられん」「見せちょくれ」「見せられん」「ほかんし(私以外の人)は見せちもろたち言うちょっで」「いや見せられん」。
 しばらく問答が続いたが、「おい、ぼん(若い男の子)は仏さんを拝みに来たんと違うかや」「はい、そうです」「そうか、そうか、仏さんは待ってござった。上がって、ようと拝んで行きなさい。」帰りに柿の実を下さって「また拝みにこいよ」と言われた。
 私はその時から国東が好きになった。
 子供に教え、伝えて行く事の難しさや大切さをつくづくと思うこのごろである。
 老師のご冥福を心からお祈り申し上げ、合掌
  平成7年(1995年)6月19日 月曜日 掲載 No.29

 大分合同新聞コラム「灯」より ふるさと國東 永岡惠一郎



写真は文殊仙寺からの眺望 2009年3月撮影

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