阿智神社 鶴亀の石組 Arrangement of garden rocks

阿智神社には、中国から伝来の神仙蓬莱思想や陰陽思想に基づく
鶴亀の石組、枯滝の石組、陰陽の磐座等が数多く遺されており、
古代の石組の起源を探る貴重な存在として注目されている。


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阿智神社庭園配置図


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鶴亀の石組全景


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鶴の石組


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亀石組

2008年3月9日撮影
岡山県倉敷市

関連

阿智神社
http://achi.fem.jp/

倉敷散策
http://masaji.at.webry.info/200803/article_38.html


阿智神社の杜

一、磐境(いわさか)、磐座(いわくら)、鶴亀の石組(古代庭園)陰陽石
「この神社には磐境、磐座のほか蓬莱思想にもとづく鶴亀の石組、陰陽思想的な磐座が遺され、日本庭園に於ける石組の起源を探る貴重な存在として注目されている。
 四世紀以後の大和朝廷は朝鮮半島と密接な関係をもつようになり、古記録によると応神天皇の時代に東漢(やまとのあや)氏の祖先とされる阿知使主(あちのおみ)とその子都加使主(つかのおみ)が十七県(あがた)の漢人(あやびと)を率いて帰化したと書かれており、その一部がこの地方に定住したものらしい。この神社が阿知使主族の奉斎するものであることは和名抄に阿智の明神と記されていることからも推定できる。
 このあたりは備中府志等によると阿地潟(あちがた)、社記には吉備の穴海と称される浅海で、その中の小島に漁民が社殿を奉祀したとある。彼らは帰化するにあたってその帰属意識を明らかにする為、日本に古来から伝わる磐座や磐境を設け、更に彼らの民族の先進的文化を盛り込むべく中国から伝来した鶴亀の神仙蓬莱思想や陰陽思想を導入したものといわれている。
 これら石組は現在本殿の向かって右側の磐座と磐境、左側の鶴石組と亀石組及び北側に続く枯れ滝式石組、斎舘北側の陰陽的な磐座に見ることが出来る。」
文、配置図-東京農業大学 農学部造園学科 助教授 河原武敏先生

二、生命力、生成発展、豊穣への信仰
 本殿西脇に戌亥(北北西)の方向へ一線に連なる磐境(鶴亀の石組-古代庭園)、荒(こう)神社(荒魂の社)、阿知の藤(天然記念物)は古来生命力、生成発展、豊穣と深く関わる信仰の場となっている。
 東坂の石段が里より米寿段、還暦段、厄除段を経て隋神門の七段、拝殿の五段に達し、荒魂社の三段で生命力の根源に達するとするのも亦同じ古伝承に基づくものと思われる。


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  • 倉敷散策 Kurashiki Walk

    Excerpt: 倉敷美観地区にある阿智神社や古い家並みなど 鶴形山周辺を散策した。 Weblog: 雅爺の小部屋 racked: 2008-03-14 01:47