有岡古墳群

香川県善通寺市内に有岡古墳群があり、400基を超える古墳の存在が確認されている。

その中のいくつかの古墳を巡った。

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王墓山古墳



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弥生時代の集団墓



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宮が尾古墳


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古墳群立体地図


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丸山古墳

2007年3月17日撮影


国指定史跡有岡古墳群(ありおかこふんぐん)

 善通寺市内には400基を越える古墳の存在が確認されています。中でも筆ノ山・我拝師山で北部を、大麻山で南部を限られた弘田川流域の有岡地区には、同一系譜上の首長墓と考えられる前方後円墳が集中し、大麻山山麓の谷間には、いたる所に後期古墳が群集していることが知られています。
 中でも野田院古墳・磨臼山古墳・鶴が峰4号墳・丸山古墳・王墓山古墳・宮が尾古墳は、4世紀から6世紀にかけて築造された県下を代表する古墳で、昭和59年11月29日に史跡に指定されました。
 この6基の古墳は当地域における歴代の首長墓であり、讃岐の古代史解明に重要であるばかりでなく、中央や先進地域との緊密な交流を示す貴重な遺跡です。

王墓山古墳(6世紀)

 王墓山古墳は有岡地区中心の小丘陵上に築かれた前方後円墳で、早くから注目されており、大正時代には貴重な史跡として報告されています。
 この古墳は昭和57年に発掘され、石屋形を持つ横穴式石室の内部から、豪華な副葬品が多数発見されましたが、中でも金銅製冠帽や銀象嵌された刀剣・金銅製馬具などは、古墳時代の工芸技術の高さを知るばかりでなく、大和政権の勢力伝播、つまり中央と地方豪族の関係や当時の社会情勢を知る上で極めて貴重な資料なのです。
 横穴式石室はその上部が後円部の一部と共に失われていましたが、昭和61年度から平成3年度までの6年間にわたる整備事業によって、築造当時の状態に復元されました。
 また整備事業の際に、この丘陵上に築かれた弥生時代の集団墓地も確認されましたが、古代の墓制を研究する上で重要視されており、古墳と共に整備されています。

宮が尾古墳(6世紀後半)

 宮が尾古墳は大麻山東麓部に6世紀後半に築かれた、横穴式石室を主体部とする後期古墳です。
 石室の規模は全長9m、玄室長4.5m、幅2m、高さ2m、羨道長4.5m、幅1.2m、高さ1.7mで、盗掘のため副葬品は失われていましたが、昭和41年の発掘調査で、中四国地方では極めて珍しい線刻壁画で装飾された古墳であることが確認されました。
 壁画の内容は人物・船・騎馬人物など様々ですが、人物群が描かれている部分は、謎の多い古代の葬送儀礼である殯(もがり)の様子を現したものではないかと考えられています。
 県内では坂出市の鷺の口古墳や善通寺市内の岡古墳群などでも線刻画が確認されていますが、宮が尾古墳の線刻画は、他のいずれのものよりも内容が充実しており、古墳時代の葬送儀礼の一端がうかがえるだけでなく、当時の風俗を直接私達に伝えてくれる貴重な資料なのです。

鶴が峰古墳(5世紀前半)

 鶴が峰は大麻山東部山麓から東に伸びた標高125mの丘陵で、数多くの古墳が確認されています。
 4号墳はこの鶴が峰の南西部尾根上に築かれた前方後円墳で、地形測量の結果、全長は26m、後円部径13mの規模であることが確認されています。
 主体部は戦時中に盗掘されましたが、その時長い石室が発見され、中から玉類が出土したという記録があります。
 以上のことから、この古墳は5世紀前半頃の築造と考えられています。

丸山古墳(5世紀中頃)

 丸山古墳は、鶴が峰から北西に延びる尾根上の北向八幡神社裏にあり、5世紀中頃に築造されたと考えられています。
 この古墳は、前方後円墳で、その規模は全長54m、後円部径は30mありますが、主体部はかなり前の社殿建築時に後円部の一部と共に失われているようです。出土遺物等は不明ですが、くびれ部付近で見事な版築※土層が確認できます。
 ※版築:古代人が古墳築造時に盛り土に科学的な土壌改良を施し、これを幾層にも積み重ねて堅くて丈夫な墳丘を作り上げています。これを版築技法と呼びます。

磨臼山古墳(4世紀後半)

 磨臼山古墳は生野町の南部に横たわる標高121mの磨臼山の自然地形を利用して、尾根上に築かれた前方後円墳で、その規模は全長50m、後円部径28m、後円部の高さ4m、前方部幅8m、前方部の高さ2mを計ります。
 特に注目されるのは、後円部から昭和31年に出土した造付石枕のある船形刳抜(くりぬき)式石棺(せつかん)で、石枕の両耳の位置には勾玉(まがたま)が浮き彫りされています。また、内部は朱詰めにされていて、被葬者の権力の大きさがうかがえます。
 石棺の材料は国分寺町鷲ノ山産の角閃安山岩で、これまでに同様の刳抜式石棺が発見されている12の古墳との相互関係を含めて、古代社会の支配構造を考える上で注目される存在です。
 また、ここでは円筒埴輪片や葺石(ふきいし)が確認されており、構築当時は墳丘全体が無数の葺石で覆われていたようですが、その特徴から、この古墳は4世紀後半に築かれたと考えられます。
 ※石棺は現在、善通寺市立郷土資料館に保管展示されています。

善通寺市 平成4年度

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  • 古墳上の狛犬

    Excerpt: 丸山古墳上にある北向八幡(丸山八幡宮)の狛犬です。 二対鎮座しています。 Weblog: 雅爺の小部屋 racked: 2007-03-20 08:12