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help リーダーに追加 RSS 壺の碑伝説の千曳神社の狛犬

<<   作成日時 : 2007/09/23 05:13   >>

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壺の碑(つぼのいしぶみ)が保存されている日本中央の碑歴史公園の近くにある神社。

大同二年(807)坂上田村麻呂の創祀と伝えられる。
江戸時代に取毀し仮社としていたが、明和二年(1765)再興した。

創建1200年。

古くから「日本中央」と刻んだ「壺の碑」を建てたという伝説があって、
これを尋ねた和歌や紀行文が多いことで知られている。

名にし負う千曳の石にあとしめて動きなき世と神や守らむ 南部重信

たのめぞや今世の身かは後の世もなほやすかれと道行の神 遊行上人

石文の跡をさぐりて思はずも千歳の檜葉に逢ひにける哉 大町桂月

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狛犬は二対鎮座していた。

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2007年9月15日撮影
青森県東北町

関連

平成・奥の細道ウォーク
http://www5e.biglobe.ne.jp/~masaji/hosomichi/
http://hosomichi.masaji.michikusa.jp/


千曳神社の伝説

彼の家に代々言伝ふることには、神代の時に石の札を建て、其石を限りに北方の国より渡り来る鬼をば追返せし事なるに、悪鬼の来りて其の石を土中へ深く隠せしを、神々達の集り探し出し給ひし所こそ石文村にて、其石を建し所は坪村に有りしを、坂上田村麻呂来たり給ひ、鬼を残りなく殺し給ふ故に、此石は無用とて此所を七尺掘て埋め給ひ、其上に社を建立なされし事にて、其石を坪村より是迄引とるに人数千人にて引しを以て千引大明神と申なり。
(東遊雑記)

千曳神社由緒

本社は大同二年(八〇七)坂上田村麻呂の創祀と伝えられている。
山伏修験道本山派五戸多門院の配下、上北郡横浜八幡別当大光院の霞に属したが、一時花巻の神官稲田遠江の支配に属したこともあった。
江戸時代には、幕府巡見使の参拝所であり、南部領では順路第一の地であった。
それ故に巡見使通行の節、見苦しきため、取り毀し仮社としていたが、明和二年(一七六五)再興した。
古くから「日本中央」と刻んだ「壷の石文」を建てたという伝説があって、これを尋ねた和歌や紀行文が多いことで知られている。




[備考]・史実は坂上田村麻呂はこの地までは北上していない。

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タイトル (本文) ブログ名/日時
壺の碑新伝説
 壺の碑(つぼのいしぶみ)とは、坂上田村麻呂が大きな石の面に、矢の筈で文字を書いたとされる石碑であり、歌枕としても著名である。 ...続きを見る
雅爺の小部屋
2007/11/09 06:11

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コメント(9件)

内 容 ニックネーム/日時
自分は「千引」という苗字です。先祖(!?)長松と由松は青森・天間林出身で明治期に北海道に渡りました。
幼い頃、父に聞いた話しですが、北海道に渡った先祖が子供の頃、青森に政府の役人が来て、この「日本中央」石碑を村人総出で探した際に長松・由松どちらかが見つけんですが、幼かったため申し出なかったとのことです。
そのまま、石碑を誰にも見たことを話さずに北海道に渡り、暫くして子・孫の身内に話したそうです。しかし、田舎なので話題にもならなかったんでしょうね。長松・由松はニシン漁の最盛期の親方になってたし、まわりはこの石碑の重要性を理解してなかったのでしょうね・・・・・
その後昭和24年に石碑は発見されたそうですが、今思うと自分の父が子供の頃この話を聞く後のようですね。父は大正7年生まれです。
自分は、大学の時ルーツ探しでこの神社に行きました。
今日、偶然このブログ見つけ、幼い頃父が話してくれた話を懐かしく思いコメントしました。
「千引」姓は数年前のNTT電話帳ベースで全国24件のレア姓です。
ちなみに伯母さんは「坪」へ嫁ぎました。
千引
2007/10/19 13:09
千引さん
はじめまして。当然、千引は”ちびき”と読んでよろしいのでしょうか。

日本中央の碑は昭和24年6月21日、東北町(当時甲地村)の石文集落近くの赤川上流で千曳の川村種吉氏により発見されたそうですね。

ところで、千引さんがコメントで書かれた話は東北町はご存知でしょうか? 口伝だとしても貴重な情報だと思います。

明治九年明治天皇が東北巡行の際、その命を受けて石碑を探索させ、社殿の下を発掘させたという記録が残っているそうですが、ご先祖のお話とほぼ一致しますね。
ご先祖の長松・由松さんは明治時代に北海道に渡ったそうですので、石碑の発見は多分、明治九年頃だったとも推定できます。
長松・由松さんの年代と一致するでしょうか?
まさじ
2007/10/19 14:57
当然、「ちびき」です。
私の祖母が明治中頃の生まれで、由松の子です。由松と長松は兄:長松、弟:由松の兄弟です。
若くして、北海道に渡り結婚も早かったと思うので、推定ですが合致しそうです。実家に叔父が作った簡単な家系図があるので確認してみます。
私の実家は北海道寿都町にあり、祖母はニシン場の親方の長女だったので婿をとってます。
本家は島牧村にあり、その先が天間林というこうです。
もちろん天間林にも千引家があり、北海道・青森にいる全てが血筋と言っても過言ではないと思います。多分、国内全て・・・

昭和54年に明治大学に入学した際に英語の越智道雄教授に「君は古事記にでてくる『千引の石』に関係ありますか?」と言われたのを思い出し、調べてました。
調べると天間林にある「千引大明神」は『千引の石』が発端みたですし、よく考えると天間林は「天との間の林」なんですね・・・

調べてたら、『壺の碑』が出てきて「昔、お父ちゃんが話してくれたことだ・・・」と思いメールしました。

父は平成4年に他界し詳しく聞いておけばよかったということが沢山あり残念です。




千引 健靖
2007/10/20 12:24
千引さん

ご存知かと思いますが、『壷の碑』は、江戸時代に、松尾芭蕉がおくのほそ道で多賀城(現宮城県多賀城市)にある碑を壷の碑と書き、その碑が壷の碑と誤って伝わっていました。
昭和24年に日本中央の碑が発見され、その碑が袖中抄で書かれた壷の碑ではないかと考えられています。

千引さんのお話をお聞きし、壷の碑に関わる秘話として更に情報を知りたくなりました。
ご先祖の長松・由松さんの生年がおわかりになれば教えていただければ幸いです。

なお、今回の話をブログ本文で紹介してもよろしいでしょうか?
まさじ
2007/10/21 01:22
こんばんは

生年はわかりませんが、実家に連絡し過去帳を見てもらいました。
長松は大正10年12月24日逝去享年73歳でした。
由松は昭和18年 8月 3日逝去享年79歳でした。
家系図によると、兄弟が多く長松は上で一番下の由松を連れて北海道に渡ったようです。
私の父が大正7年生まれですので、長松から話を聞くことは不可能ですので、父の祖父にあたる由松が当事者のようです。年齢的にもあてはまるかと思います。明治9年は10〜12歳くらいではないかと思います。

この話は本当かどうかわかりませんが、自分の先祖のことですので信じたいし、私に話してくてた時の父の話し振りから信じたいです。
紹介するのはかまわないと思います。
でも、親戚一同の許可が必要でしょうか・・・・(爆)

東北町の役場が知っているかですが、わかりません。
今も天間林や野辺地に親族がおりますが、由松が碑を見たことは北海道に渡ってから話したことですから、青森の親戚たちはこの話は知らないのではないかと思います。おそらくその者達は役場に申し出ていることはないと思われます。

千引 健靖
千引
2007/10/22 22:50
千引健靖さん

千引さんのお話(コメント)から整理しますと、曽祖父の由松さんの生年が1864〜65年となり、由松さんが日本中央の碑を発見したのが一斉探索した明治9年だとすると当時10〜12歳で口伝の内容と合致しますね。

この話は私も信じます。
公式の発見者は川村種吉氏に変わりはありませんので、このような秘話があったということは公開しても問題はないかと思います。

最初に千引さんのコメントをいただいたとき、映画のStand by Meが頭をよぎりました。いい話をありがとうございました。

もし、よろしければブログのトップページの最後にある「メッセージを送る」でメールアドレスを教えていただけませんでしょうか。
今後はメールでお話したいと思います。
まさじ
2007/10/23 02:18
千引さん
前回のコメントの一部訂正と補足説明をします。

由松さんの生誕年は1865年[死亡年(1943)-享年(79)+1]で、誕生日によって元治2年か慶応元年のお生まれになります。
また、碑の発見が明治9年だとすると、年齢は数え年で12歳、満年齢で10〜11歳となります。
まさじ
2007/10/23 09:09
私も千引(チビキ)と申します。
自分の先祖の話など、なにも知らないで今までいました。
お二方のコメントを読んで、大変驚きました。
また、近い身内以外で「ちびき」という苗字の人を
見たことがなかったので、とても嬉しく思います。
私ももう少し自分の名前に誇りを持って、
色々調べて見たいと思います。
千引
2008/05/03 20:13
千引さん はじめまして。
健靖さんの調査では、「千引」姓は数年前のNTT電話帳ベースで全国24件だそうですね。
調査が進展することを祈念致します。
まさじ
2008/05/04 00:16

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